浪速公園・なんば・道頓堀・千日前界隈(浪速区・中央区)、つづき・・・
そして、結局、自分の目の届く範囲にのこがいることを確認して、私の横に座って。それでも、ベンチの上からちゃんとのこのことを見ていて。
いつも私に寄り添ってくれる、愛おしい愛おしい恋人でありながら、一方では、いつもちゃんとした「かあさん」をしていましたね。
のこが私にいだく気持ちも、それも確かにひとつの愛の形だろう。
だけど、のこの「愛」には、おまえに対するライバル心とやきもちが含まれているんだ。おまえのように、純粋にまっすぐ私にだけ目を向けてくれる・・・そんな「愛」ではないんだ。
おまえがいない今、のこも私の横に座ってくれることはある。抱っこを求めてくるときもある。おまえだったら、のこに邪魔されないでいたら、延々ずっと私の横に座っていたし、私の足がしびれて、私自身がおまえを下ろさない限りは、おまえは私の足の上でずっとくつろいだまま、ずっと抱っこされてるままだった。
だけど、のこは違うんだ。
自分が退屈してくれば、どこかへ行く。自分が飽きてくれば、私の足の上で立ち上がってソワソワし出し、下ろせと言う。
それは、おまえが私に見せてくれた、自らの気持ちを抑えてでものこに譲ってみせる私への「愛」、まっすぐな気持ちで私に与えてくれた「愛」・・・といえるような代物ではなく、自分が欲しいときにだけ相手にも求めるだけの、それは「愛」ではなく、むしろ「愛されたい」なんだ。
おまえが私にみせてくれたその純粋で深い深い「愛」とは違うんだ。
それがダメだとは言わないけど、私に対するおまえの「愛」に勝るものはないんだ。
おまえの「愛」は私には痛いほど、目に見えて、よく伝わっていたから。
でも、今まで自由に好き勝手にしていたのこが、私に寄り添って座るおまえを見て、一目散にこっちにやってくると、おまえはしぶしぶながらも、自らの愛娘であるのこに席を譲ってましたね。
それは、この日だけに限らず、8年半もの間、いつもいつもいつも・・・。
ひととおり散策した後、おまえは私の座っているベンチのほうに来たいのに、好き勝手に行動しているのこのことが気になって気になって・・・。のこに付いて行こうか、それとも私のいるベンチのほうに来ようか、ずっと迷っていましたよね。
だから、おまえことは絶対的に、のこを含めても唯一、誰とも比較ができないほど、私はおまえのことを愛しているんだ。おまえは誰とも比較にできない、比較にならない、ぜんぜん!!誰とも別なんだ。。。
だからそのぶん、おまえを失った悲しみや寂しさ、悔しさがあまりに大きすぎて、私はいつまでも辛く厳しい激しい気持ちのままなんだ。
くろ、わかってくれているよね・・・・・。
おまえは私が今まで付き合ってきた女性の中ででも、別格なんだ。私がおまえのことを犬としてではなく、「ひとりの女性」として本気で愛しているんだよ。
くろ、わかってくれるよね・・・・・。
今までも、今も、そしてこれからも、そうして私がおまえを想い、おまえを慕い続けることを。。。